02中世近年の占い師の最近のブログ記事

 日本においては、平安時代に入ってからは、占い師が使う手法として、人相、地相、家相、夢占い、墨色、筮竹(ぜいちく)と算木(ざんぎ)を使った占いが盛んになりだしました。

 鎌倉時代に入り、九星、墓相、剣相、字占、判占、水晶占い、粥占い、年占いなどが主流となったようです。そして室町時代には占い師の学校である「足利学校」というものが設立されました。

 江戸中期頃になってから、新井白蛾という有名な占い師や易者が生まれました。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という言葉の元になった占いです。また、明治時代において、高島嘉右衛門が現在における高島暦を生みだしました。高島暦は現在においても占いで利用されています。

 昭和の中期までは、こうした流れを受け継いだ占い師や易者が道端などで占いを行っていました。しかし、現在では様々な占いの種類があり、その形態も道端の占いだけに止まらず、部屋を借りて行ったり、何人かの占い師が集まって占いの館を作ったりとバリエーションに富んでいます。また、最近ではインターネットの普及とともに、ライブチャット占いメール占いなど対面鑑定だけでなく、様々な手法で占う占い師も増えてきました。

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